はじめに
前回の記事では、BYD RACCO(ラッコ)を選んだ理由を、日産サクラやホンダN-VAN eとの価格・航続・バッテリー容量の比較を中心に紹介しました。今回は、少し視点を変えて、車そのものの話に入る前に、「そもそも、EVを本当に活かせる家が、日本にどれだけあるのか」という、住宅事情の話をしたいと思います。
我が家は、太陽光パネル、V2H(ニチコン製の車から家への給電機器)、複数の充電設備という、EVを最大限に活かせる環境を、既に持っています。ただ、この環境は、車を選ぶ過程で改めて振り返ってみると、日本の中では決して当たり前ではない、ということに気づかされました。
そして、今回は、我が家がなぜこの環境を作ることになったのか、その経緯もあわせてお話しします。実は、我が家の場合、「EVが欲しかったから、家の設備を整えた」のではなく、順番がまったく逆でした。「家のエネルギーの問題を解決しようとしたら、車という選択肢に行き着いた」というのが、正確な経緯です。
1. なぜ、車の前に「蓄電」を考えたのか
話は、我が家のリフォームまで遡ります。二世帯住宅への改装にあたり、太陽光パネルを設置することが決まりました。太陽光を設置すると決めた時点で、次に必ず直面するのが、「発電した電気を、どう溜めておくか」という課題です。
太陽光パネルは、日中、晴れていれば発電しますが、その電気を使うタイミングは、必ずしも発電のタイミングと一致しません。特に、共働きやフルタイム勤務の家庭では、日中は家を空けていることが多く、せっかく発電した電気の多くが、自家消費されずに、余ってしまいます。この「昼に発電して、夜に使う」というズレを埋めるために、蓄電設備が必要になります。
ここで、最初に検討したのが、一般的な家庭用蓄電池でした。しかし、調べていくうちに、大きな壁にぶつかりました。家庭用蓄電池は、容量を大きくしようとすると、価格が跳ね上がります。一般的な家庭用蓄電池の容量は、5kWh〜16kWh程度のものが主流で、家全体の電力需要を、まる一日分カバーするには、心もとない容量です。かといって、容量の大きい蓄電池を導入しようとすると、初期投資が、簡単には出せない金額に膨らんでいきます。
そんな中で、ふと気づいたことがありました。「軽自動車のEVでも、バッテリー容量は20kWh前後ある。これは、多くの家庭用蓄電池より、大きい容量だ」ということです。この気づきが、我が家のエネルギー計画の、大きな転換点になりました。
「車を、蓄電池の代わりに使えないか」。この発想から、調べを進めていくうちに辿り着いたのが、V2H(Vehicle to Home)という技術でした。V2Hは、EVに搭載された、大容量のバッテリーを、家庭用の電源として活用できる、双方向の充放電機器です。これを導入すれば、車は「移動の道具」であると同時に、「家庭用の大容量蓄電池」としても機能する、ということになります。
この発想の転換が、我が家にとって、決定的でした。単体で蓄電池を買うより、どうせ将来的に必要になる車を、蓄電池としても使える形で導入する方が、投資として、はるかに合理的だったのです。これが、我が家が、EVという選択肢に本格的に向き合うことになった、最初のきっかけでした。
2. ガソリン車からEVへ:コストという入り口
ここで、少し私自身の車に対する考え方を、正直にお話ししておきたいと思います。私は、そもそも、車に強い熱意があるタイプではありません。多少良い車に乗りたい、という気持ちはありますが、スポーツカーや、高級な外車に乗りたい、という欲求は、まったくありません。
この前提があるからこそ、車を選ぶ基準は、自然と、コストと将来性に向かいます。感情ではなく、数字で判断する、というのが、私の基本的なスタンスです。
その視点で、ガソリン車の将来性を考えると、あまり明るい材料が見当たりません。ガソリン価格は、ここ数年、上昇傾向にあります。国による補助や減税がなければ、価格を押し下げる要因は乏しく、原油価格の変動や、為替の影響を受けて、今後も、上がる方向に振れやすい状況が続くと考えられます。世の中の流れを見ても、ガソリンが安くなっていく方向には、動いていません。
そうなると、必然的に、ガソリン以外の動力で走る車、つまりEVが、視野に入ってきます。そして、我が家のように、一戸建て、太陽光パネル、V2H、蓄電設備が、既に整っている環境であれば、EV化は、コストの面で、極めて理にかなった選択になります。
さらに、家への給電までできるとなれば、これは一石二鳥です。車としての機能と、家庭のエネルギー源としての機能、両方を、一台でまかなえることになります。電気料金も、ここ数年で上がってはいますが、それでも、ガソリン価格と比べれば、依然として低い水準にあります。しかも、太陽光の発電が余っている時間帯であれば、実質、タダで充電できることさえあります。ここまで条件が揃えば、EVを選ばない理由の方が、少なくなってきます。
ただし、ここで一つ、重要な注意点があります。「EVであれば、どんな車でもいい」というわけでは、決してない、ということです。車には、それぞれの家庭に応じた、様々な用途があります。その用途に、できる限り対応できる車種でなければ、車という道具の枠組みから、遠ざかってしまいます。コストメリットと、家庭の用途対応、この両方を満たす一台を、探す必要がありました。
もう一つ、フェアに触れておくべき点があります。EVは、バッテリーという性質上、寒さに弱いという弱点があります。雪国や、寒冷地での暮らしでは、冬場の航続距離の低下が、無視できない影響を及ぼします。そうした地域では、EVが真価を発揮できる度合いは、相対的に低くなります。幸い、我が家は、積雪の多い地域ではないため、この弱点の影響を、比較的小さく抑えられる立地にあります。
3. 我が家の、具体的な充電環境
我が家の充電インフラについて、もう少し具体的にお話しします。リフォームをきっかけに、固定費の削減を大きな目的として、太陽光パネルとV2Hを導入しました。現在、充電の拠点は、V2Hが1か所、外部の200Vコンセントが既に1か所あり、さらにもう1か所を増設する予定です。増設が完了すれば、合計で3か所の充電拠点を持つことになります。
我が家は二世帯住宅で、既に日産サクラ(バッテリー容量20kWh)を1台、所有しています。しかし、このサクラ1台だけでは、家全体の給電需要を、まかないきれません。太陽光の余剰を、日中溜め込み、夜間や非常時に家へ給電する、という役割を、サクラだけで担うには、容量的に不足するのです。そのため、もう1台、より大容量のEVが必要だ、という結論に至りました。
さらに、私自身が通勤に使う車も、別途必要でした。私の通勤は、片道約40km、往復で80kmという、決して短くない距離です。
4. シングルファーザーとして、家族を含めた「暮らしの持続可能性」
ここまでは、主にコストとエネルギーの話でしたが、車選びには、もう一つ、非常に重要な軸があります。それが、家族の暮らしとの相性です。
子どもがいるかどうかで、車に求めるものは、根本的に変わります。狭い車で、育児をしながら運転できるかというと、これは、実際には、大きなネックになります。ある程度、室内が広くなければ、育児での様々な対応が、難しくなってしまいます。それに加えて、子どもがいると、荷物も自然と増えます。ベビーカー、着替え、おむつ、おもちゃ。こうした荷物が、きちんと収まるかどうかも、車種によって、大きく変わってきます。だからこそ、ダイハツのタントのように、室内が広く、荷物もしっかり積める車でなければ、意味がありません。
そして、もう一つ、私が強くこだわったのが、スライドドアです。子どもは、良くも悪くも、ヤンチャです。ドアを、勢いよく開けてしまうことも、日常茶飯事です。もし、これが開き戸だったら、隣に停まっている車や、壁に、ドアを「ドンッ」とぶつけてしまうリスクが、常につきまといます。それを避けようとすると、乗り降りのたびに、神経を使い続けることになります。これは、結果として、自分自身が疲れる方向に働いてしまい、車という道具が本来持っているはずの利便性を、大きく減少させてしまいます。
いかに、自分が満足のいく、家庭の用途を満たす車を見つけられるか。これが、車選びの、最大の鍵になります。この条件をもとに、車種選びを始めると、大きな壁にぶつかりました。ガソリン車であれば、こうした条件を満たす車種は、いくつも存在します。しかし、EV車となると、選択肢は、極めて限られている。
通勤用として考えるなら、バッテリー容量は、サクラ(20kWh)以上でなければ、片道40kmという距離には、心もとない。育児用として考えるなら、室内はある程度広く、スライドドアやISOFIX(チャイルドシートの固定機構)にも対応していなければ、厳しい。荷物用として考えるなら、室内が広いだけでなく、シートアレンジができなければ、実用性に欠ける。かといって、車体が大きすぎると、日常の取り回しが悪くなってしまう。だからこそ、小型、あるいは軽自動車であることが、理想的な条件でした。
これらすべての条件を、ガソリン車で満たそうとすると、燃費が著しく悪化し、そもそもの目的(コストとエネルギー効率の両立)から、外れてしまいます。実は、こうした用途を満たす車は、ハイトールワゴンと呼ばれるジャンルの、ガソリン軽自動車には、既に存在していました。しかし、これまで、EV車には、こうした車が、存在しなかったのです。
この、長年空いていたはずの空白を、ようやく埋めてくれたのが、BYDから発売された、その名も「RACCO(ラッコ)」という車でした。
5. 日本の住宅事情という、大きな壁
ここまで、我が家が、どのようにしてEV、そしてラッコという選択肢にたどり着いたかを、お話ししてきました。ただ、この経緯を振り返ってみると、我が家が置かれていた環境そのものが、日本において、決して一般的ではない、ということに気づきます。
総務省の「令和5年住宅・土地統計調査」によると、全国の持ち家比率は60.9%です。この数字だけを見ると、多くの人が「持ち家」に住んでいるように見えます。しかし、注意すべき点があります。持ち家には、一戸建てだけでなく、分譲マンションのような集合住宅も含まれています。そして、EVの充電設備を、自分の裁量で自由に設置できるのは、基本的に、一戸建て、それも持ち家の場合に限られます。
集合住宅に住んでいる場合、充電設備の設置には、一戸建てとは、まったく異なる難易度が伴います。
分譲マンションの場合、充電設備を導入するには、まず、管理組合での合意形成が必要です。共用部分にあたる駐車場に、工事を行うことになるため、その費用負担を、誰がどう分担するのか、EVを持たない住民との公平性は保たれるのか、といった、様々な調整が求められます。合意形成には、時間がかかることも珍しくありません。
賃貸物件の場合は、さらにハードルが上がります。大家の許可、建物全体の電気容量の制約、退去時の原状回復の問題など、入居者個人の裁量だけでは、まず解決できない課題が、山積みです。
つまり、「自宅で、毎晩、確実に充電できる」という、我が家にとっては当たり前だった前提そのものが、日本の住宅事情全体で見れば、決して当たり前ではない、ということです。
そして、一戸建て・持ち家であっても、実際に太陽光パネルや、V2Hのような設備を導入するには、まとまった初期投資が必要になります。これらの条件を重ねていくと、「EVを、理想的な形で活かせる環境にある世帯」は、日本全体で見ても、決して多数派ではない、ということが、見えてきます。
6. それでも、壁は、少しずつ動き始めている
ここまで、住宅事情という「壁」の話をしてきましたが、公平のために、この壁が、まったく動いていないわけではない、ということも、お伝えしておきたいと思います。
国の政策としては、経済産業省が主管する「クリーンエネルギー自動車の普及促進に向けた充電・充てん設備等導入促進補助金」という制度があります。令和7年度補正予算では、戸建て住宅向けに、充電用コンセントを新規設置する場合、5万円の定額補助が新設されました。これは、先着順で、予算がなくなり次第終了する制度ですが、戸建てユーザーにとっては、初期投資を抑えられる、実用的な後押しになります。
そして、注目すべきは、集合住宅向けの動きです。集合住宅については、設置数の上限が撤廃されるなど、より大規模な導入を後押しする方向に、制度が拡充されてきています。愛知県のように、自治体独自で、集合住宅への充電設備導入に対して、購入費用の4分の1を補助する、といった制度を設けている地域も出てきています。
さらに、民間サービスの側でも、変化が起きています。Terra Chargeのような事業者は、充電器の設置費用を事業者側が負担し、利用者が充電のたびに料金を支払う、という仕組みを提供しています。これにより、管理組合としては「費用負担なし、管理の手間もなし」という形で、導入のハードルを、大きく下げることができます。この仕組みを使って、実際に導入されたマンションの数は、2026年時点で、累計3.5万口を超えている、というデータもあります。
国内の充電インフラ全体の設置口数も、2025年度末には10万口を突破し、政府は2030年度に30万口という目標を掲げています。まだ、道のりは長いものの、少しずつ、この構造的な壁は、崩れ始めている、というのが、正確な現状だと思います。
7. 自分の家が、EVに向いているか。確かめるためのチェックリスト
ここまでの内容を踏まえて、これから、EVを検討したいと考えている方に向けて、自分の家が、EVにどれだけ向いているかを、確かめるための、実用的なチェック項目を、まとめておきたいと思います。これは、私自身が、車を選ぶ過程で、実際に一つずつ確認してきた項目です。
住環境について
- 一戸建てで、持ち家であるか。あるいは、集合住宅でも、既に充電設備が導入されているか
- 自宅の駐車スペースに、200Vの電源を新設できる余地があるか(分電盤の容量、契約アンペア数)
- 太陽光パネルなど、既存のエネルギー設備との連携を考えているか
通勤・利用距離について
- 片道の通勤距離は、何kmか。往復で、バッテリー容量に対して、無理のない範囲に収まるか
- 冬場、最悪の条件(低温、暖房使用、高速道路の巡航)でも、通勤に必要な距離を、余裕を持って走れるか
- 積雪地域かどうか。寒冷地では、EVの弱点が、より強く出ることを、織り込んでおく必要がある
家族構成・用途について
- 子どもがいるか。育児の負担を軽減する装備(スライドドア、ISOFIX)が必要か
- 荷物の量は、どの程度か。室内の広さや、シートアレンジの柔軟性は足りるか
- 車体のサイズは、日常の駐車・取り回しに、無理がないか
資金・維持費について
- 車両価格だけでなく、税制優遇(環境性能割・重量税の免税、自治体補助)まで含めた、実質的な負担額を把握しているか
- ガソリン代との比較で、年間どの程度のランニングコストの差が生まれるかを、試算できているか
- 下取りや、既存の車の資産価値を、正確に把握できているか
これらの項目を、一つずつ、正直に確認していくことで、自分の家が、EVという選択肢に、どれだけ向いているか、あるいは、どこに無理が生じるかが、かなり明確に見えてくると思います。
8. 賃貸・集合住宅では、正直、まだ難しい
最後に、少し厳しい現実にも、触れておきたいと思います。前述の通り、Terra Chargeのようなサービスの登場や、補助金制度の拡充によって、集合住宅でも、EVとの付き合い方の選択肢は、以前より、確実に広がってきています。
ただ、正直に言うと、賃貸や、管理組合の合意が得にくい集合住宅にお住まいの方にとっては、依然として、EVとの付き合い方は、簡単ではないというのが、私の率直な感想です。
100Vのポータブル充電器を使う、という方法もありますが、これは出力が小さく、あくまで「継ぎ足し充電」の域を出ません。近隣の急速充電器や、商業施設の充電スポットだけに頼る、という暮らし方をしているEVオーナーも、実際にはいますが、これは、充電のたびに、外出し、時間を確保する必要があり、我が家のように、毎晩、自宅で確実に充電できる環境とは、利便性の面で、大きな差があります。
住んでいる建物の管理規約、大家や管理組合の考え方、建物の電気容量、駐車場の位置関係など、あまりに多くの要因が絡み合うため、「こうすれば誰でも解決できる」という、単純な答えを、ここで示すことは、正直、難しいと感じています。この点については、今後、制度やサービスが、さらに進化していくことを、期待したいと思います。
おわりに
今回は、車そのものの話に入る前に、我が家がEV、そしてラッコにたどり着くまでの、住宅事情とエネルギーの背景について、お話ししました。
改めて振り返ると、我が家の場合、「車が欲しかったから、太陽光やV2Hを導入した」のではなく、「家のエネルギーの課題を、根本から解決しようとした結果、車という選択肢に、自然とたどり着いた」というのが、正確な経緯でした。そして、その先に待っていたのは、通勤・育児・荷物という、家庭の用途を満たすEVが、これまで存在しなかった、という現実でした。ラッコは、その長年の空白を、ちょうど埋めてくれる存在だった。
次回は、車そのものの話に戻り、ラッコが持つ「SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)」という設計思想について、なぜ国内メーカーが、まだ同じような車を出せていないのか、という視点から、考察していきたいと思います。
本記事の統計データ、補助金情報は、執筆時点(2026年8月)の公開情報に基づいています。制度の詳細や最新の予算状況は、各制度の公式サイトをご確認ください。
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